東京高等裁判所 昭和43年(ネ)2550号・昭44年(ネ)650号 判決
建物が朽廃に近づき、大改造の必要があるとして明渡を求め、改造後の建物を自ら使用して、これを賃借人に賃貸しない場合には、建物改造の必要性のほか、自己使用の必要性その他正当事由がなければ右解約申入れは有効であるとはいえないものと解するのが相当であるから、この点から本件を考察する。
本件建物が大正一二年の震災直後建築されたものであることは、当事者間に争いなく、〔証拠〕をあわせると、本件建物は二戸建一棟のうちの一戸で、控訴人は昭和九年ごろ当時の所有者松田さだからこれを賃借し、一方被控訴人は同一八年ごろ他の一戸を同じく松田さだから賃借していたところ、昭和二一年になつて右松田は本件建物の屋根等がいたみ、修理に相当な費用をかけなければならない状況にあつたためこれを手放すこととし、被控訴人が自己の賃借する一戸とともにこれを買受け所有権を取得したのであるが、被控訴人はその後何回もこれを修理し、昭和三〇年ごろには東側の土台四本を取替え、東南角の二階との通し柱一本を取替えて一本柱をつぎ、さらに壁を落してベニヤ板ではり、屋根が飛ばないように応急措置をするなどの措置を講じたから、被控訴人が解約申入れをした昭和三七年二月当時の本件建物は、相当いたんでいたとはいえ、それまでに加えた補修によつてまだ大改造を必要とするまでにはいたつていなかつたものというべく、右認定と異なる証拠は採用しないので、被控訴人の右日時における解約申入れは、明渡を求める被控訴人側の事情を考慮に入れても、正当事由を欠くものと認めるのが相当である。しかし〔証拠〕を綜合すると、被控訴人が本訴を提起した昭和四〇年一一月八日ごろは、本件建物の土台の上端は約半分位腐朽し、そのため土台の強度はいちじるしく失われ、柱、間柱等の土台に接続する部分も同様腐朽し、屋根の鉄板は完全に腐蝕し、雨樋も腐蝕して脱落し、野地板、タルキ、母屋、桁、その他は長年にわたる雨もりのためいちじるしく腐朽し、総じて部分的補修は困難であり、その完全な修理のためには大規模の修理工事を必要とし、多大な費用を支出しなければならないことが認められる。
一方〔証拠〕によれば、被控訴人は本件建物を賃借し居住した当初から時計商を営み、その後夫と死別したあとも女手一つでこれを続け、長男晃が長ずるにおよんで、同人が時計の修理等に従事し現在にいたつているが、右店舗は古いうえに狭くて八畳位の広さしかなく、時計修理に必要な設備も整つていないなどのことから思うような収益があがらず、前記昭和四〇年一一月当時においては、一月平均二万円の純益しかなく、二階を間貸して得る一月約六、〇〇〇円の収益を加えてもその収入はきわめて少なく、被控訴人居住部分を含め本件建物を含む二戸建一棟とその敷地(被控訴人が国から払下を受けたもの)が被控訴人の唯一の財産であつて、被控訴人の右のような経済状態を改善するには、本件建物を含む二戸建一棟全体に大改造を加え店舗の新装と拡張によるほかない事情にあること、反面原審における控訴人本人尋問の結果により成立を認める乙第六号証、当審証人市村千代の証言、原審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人夫婦は約三〇年前から本件建物において乾物商を営み、前記昭和四〇年一一月当時の売上高は一月約一五万円であつたから、その約一割五分に相当する純益と商事会社に勤務する長男が月々いれる一万円により、松竹歌劇に勤める次女、高校を出て店の手伝をしている次男を含め家族五人の生活を維持し、控訴人本人は高血圧をわずらい十分な働きができない状態にあることがそれぞれ認められ、前掲証拠中右認定と異なる部分は採用しない。
右認定の諸事実によると、本訴が提起された昭和四〇年一一月当時、本件建物はすでに自然の命数により朽廃に近く、大改造を必要とする状態にあり、しかも控訴人側の事情を考慮に入れてもなお、被控訴人側の自己使用の必要性はきわめて大きいものがあるといわなければならないから、右事情は借家法第一条の二の建物の明渡を求める正当事由に当ると認めるのが相当である。
(浅沼 浅賀 田畑)